佐野厄除け大師
寒い一日だったが、
今月、丸一日自由なのが
今日だったため、
正月から行けなかった
佐野厄除け大師へ・・・。
関東三大厄除け大師のうち、
我家から一番近い~ということで。
20年前、指の関節に良性腫瘍が出来た際、
手術前に心の平静を求めて
ふらっと立ち寄って以来、
「厄除け」に拘ることなく、
何とはなしに、
毎年1回くらい訪れる。
何とはなしに、
落ち着く、空間なのである。
佐野の街の住宅、
特に木造のこじんまりとした家の造りが
昭和30~40年代の都内の我家のまわり・・と
似たような面影があることも
ノスタルジー空間に迷い込んだようでいいのかもしれない。
普通に
お参りをし、
おみくじを引き、
お守りを買い求め、
(子供が一緒の時は)
境内で売られている
たこ焼きやら焼き鳥やら頬張り、
近くで佐野ラーメンを食して帰る。
それだけなのに、
車で2時間以上かけて
訪れたくなるのである。
今日も、
変わらずに出かけたのだが、
新年からまだ日も浅く、
祝日とあって、
人手は大変多かった。
しかも、
丁度、訪れた時、
‘護摩焚き’
が行われていた。
何人かの祈りの声に
太鼓の音・・・
火の勢いもハンパなく~~
な・・・なんか・・・
スゴイ・・・・・
しばし見とれてしまった
というか、
圧倒された。
炎の向こう側に
鏡が見えた。
火
と
音
と
声
と
鏡
神秘的というか・・
惹き込まれそうというか・・・
圧巻!
その昔、
医学が発達する以前は、
病の回復も、
命乞いも
戦の勝利祈願も
戦回避も・・・
これのみだった。
しかし、
圧巻を目の前に、
昔の人々が縋るに足る気持ちが
よくわかった。
現代でも、
さまざまな厄災や
飲み込めない不運を
解決する場を求めて、
また、
自らの心の平静を求めて
訪れる人々の心を浄化させてくれる
魂を揺さぶられるような・・・
そんな迫力のあるものだった。
特別な信仰心があるわけでもないが、
自分が気分が落ち着くもの、場所には
鼻が利く。
曇りから雨の一日だったが
気分は上々。
脱日常、
食事や、スパや旅行でなく、
こんな形も~~~
あると思います!
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