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パンのみにあらず

先日、朝日新聞の一記事に目が留まった。

昨年末以来、ほぼ毎週入選を重ねている

「ホームレス・公田耕一」と名乗る歌人がいるとのこと。

入選するも、住所不定(ホームレス)のため、

入選一首につきはがき10枚の謝礼も、

本誌に寄せられる励ましも届けられないとのこと。

月曜日、この朝日歌壇が掲載される

新聞を購入するか、100均の「赤いきつね」を買うか

迷いつつ、朝日新聞を買う・・・という句もある。

‘柔らかい時計’を持ちて 炊き出しの

カレーの列に 2時間並ぶ

鍵持たぬ 生活に慣れ 年を越す

今さら何を 脱ぎ棄てたのか

親不孝通りと言へど 親もなく

親にもなれず ただ立ち尽くす

パンのみで 生きるにあらず

配給の パンのみみにて 一日過ごす

心情吐露で終わることの無い、

第三者の自身が自らを見、

迷い、風刺すらしているような。

心からの叫びであるのに、

何処か冷静な諦観と

達観した境地をもった響きとして伝わり、

啄木の「じっと手をみる」・・と似たような

深さを感じる。

今の状況に到るに、どんな事情が自他ともにあったかは

わからないが、その状況下で、このような歌を詠む、

(その歌が人の心を打つ作品である)

知的な芸術的な発露がある、

そんな貴重なヒトの一面を

アピールした彼は、

彼の所属するホームレスという‘彼ら’の存在を

十把ひとからげにしてしまう危険性と

個々の思いの貴重さを

改めて世に問うものであるとも感じる。

一時代前の「美しい日本」コールは

さすがに机上の空論、言葉でありすぎ、

いささか引いてしまうコピーだったが、

同じく叫ばれた「再挑戦のできる社会」は、

一時期のスローガンで終わらせて欲しくない、

現代社会(特に高齢化時代の)の

掲げるべきテーマとして潜在しているはずだ。

ともあれ、

「パンのみであらず」・・の公田氏(仮)には、

何か揺さぶられるものを感じ、

久々に新聞でよい記事を目にした。

(わが身に立ち返って)

人を感動させるって、

言葉でも、音楽を使っても・・・

行動をもってしても・・・

簡単にできることではない!と・・・。

かろうじてパンを食べることができる私、

いったい、何ができているか?・・・と。

きっと公田さんは、道を切り開くだろう!!

と、明るい展望をもって祈念する。

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