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2008年6月

ターシャ・テユーダーさん

先週末、新聞で「ターシャ・テューダー」さんが亡くなられたことを知った。

もう彼女の新しい言葉を本で読んだり、新しい庭の計画を知ったりできないのかと思うと、非常に残念な気持ちだったが、生前の彼女の行き方や信条がそうだったように、「自然の趣くままに~」他界されていったのだろうと思うと、穏やかにその出発を祈りたい気分にさせられた。

確か一番新しい取材では、「今、長年手入れをしてきた庭を徐々に‘自然’に帰しつつある」とターシャさんが話していたことが一番記憶に残っている。自分の去った後、また‘自然’に帰る木々・花々を心に描いていたのだろう・・。自然と共に、無理をせずに、過ごしてきた彼女の生き方とその信条から生まれる作品が多くの人の心に温かさと癒しをもたらしたのだと思う。

我家のリビングには、去年も今年も彼女の12ヶ月の暮らしを写してあるカレンダーが吊られてある。また彼女のガーデンの写真集も、心を和ませてくれる大事な私の宝物だ。

今、日本で、しかも私のバタバタした暮らしでは、とても遠い世界だが、心の中の片隅にちょっと理想郷として鎮座間している癒し空間である。

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三人の少女

再度、アマゾン・ジェイブック・セブンアンドワイ・・で調べるも、「三人の少女」があるのは、アマゾンのみ。しかも、やはりF.ジャムなる著者のフランス物。う~~ん・・どうも違う。第一、単行本のようだし。それでも一応、購入して読んでみようか?記憶とは如何にいい加減なものか?

諦めかけて、グーグルで検索してみると・・一件だけ、何方かのブログに「三人の少女・・でもF.ジャムのではありません。ロシアの・・」とあり、思わず「やはり!」と。しかも講談社の世界少女名作全集のだと分かり・・・。しかし、グーグルの検索でも彼女のブログ一件しか出てこないだけあり、出版元も今では全くその作品の形跡すらないらしい。思わず、古本屋サイトに登録して探ってみたが、やはり「見当たりません」と。

しかし、その物語が、第二次世界大戦時のナチによるレニングラード市封鎖の作品であったこと、第一部が同じアパートに住む三人の性格の違う少女の楽しい日々の様子と、変わらぬ未来が待ち受けていると信じて新年を迎えるところで終わり、第二部は、その期待を大きく裏切ったナチの包囲による飢え、寒さ・・などの過酷な現実。その中で戦争批判が主体ではなく、人間を愛し、生活を愛し、芸和を祈るといった内容───そのブログの中で彼女が解説文をたよりに内容紹介して下さっていることに感謝!

私は懐かしい過去の日々に出会ったようなノスタルジーに浸った。しかし・・その詳細を今、また読むことができたら!と。どこか図書館にでも置かれていないか?しばし・・執着の日々が続くかもしれない。「全集」にまでなったものが、そんなに簡単に無くなってしまうものだとは!?あの・・「三丁目の夕日」の頃より10年も後に読んだ本なのに!である。

ともあれ、微かな記憶が妄想でなかったことだけは確かだった。

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記憶の彼方に・・

まだ子供だった頃、従兄弟の家で「三人の少女」という何か名作シリーズの中の1冊を読んだ。当時、何度も読みたい気持ちにかられ、自宅に借りてきた記憶がある。

もちろん・・三人の少女が登場し、何らかの物語だったのだが、何故かそれ以上の記憶がない(遥か昔のことに関しては記憶力に自信のある私にしては珍しい)。是非、もう一度読んで、当時自分がどんな物語に惹かれ、どんな表現に魅かれたのか・・・思い出してみたいと思い、アマゾンを検索してみたが、そこに書いてある内容は、あまり記憶にない。フランス文学であるらしいのだが、私の微かな記憶では、ロシアとかポーランドとか・・・。確か最終場面は(最終の印象しか微かにすらないのだが)‘寒い場所’──雪のちらつく(?)──という記憶なのだが・・・。確かに感動した遠い昔の心の琴線を振り返ることもままならないのだろうか?

とりあえず、購入して読んでみようと思っている。

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